研究が停滞する瞬間を観察すると、共通点があります。データは増えている。解析も進んでいる。それでも、何を示したいのかが曖昧なまま——問いが不在なのです。止まる原因は能力でもデータ不足でもなく、問いの不在です。
02章で述べたデータ先行の戦略(データから規則を探す)とは別物です。あの戦略には「このデータからどんな規則が読めるか」という問いがあり、そのために偏りなくデータを取る設計があります。ここで言う失敗は、問いがないままデータだけがある状態です。意味が後から立ち上がることを祈るのは、設計ではありません。
Idea → Framing → Figures → Draft
Framing が鍵です。下流のすべて——どんな図を作るか、何を書くか——は Framing から決まります。Framing は2段階あります。この章は前半の Framing-A:問いの設計、次章が後半の Framing-B:主張の設計 です。
Paper Card の Framing-A は、2つの Step と5つの出力からできています。
ここに結果を書いてはいけません。手法も書いてはいけません。Framing-A は「どこに立って、何を問うか」だけを固定する工程です。以下、順に説明します。
問いは真空から生まれません。分野が現在、何を前提にしているかを知って初めて、自分の問いがそれを更新するのか、範囲を広げるのか、反証するのかが言えます。
集めるのは網羅ではなく位置づけのための文献です。主要なレビュー論文で分野の信念を掴み、直近3〜5年の代表論文5本以上で、分野がどんな型の問いを立てているかと、暗黙の前提を掴む。ここで問いの型(付録 03-A)を頭に入れておくと、次の Step で自分の問いの型を選ぶときに迷いません。文献の探し方と管理の実務は付録 03-Aの末尾にまとめました。
Step 1 で読んだものを、1〜3行に圧縮します。「この問題について、分野は現在こう理解している」。自分の意見ではなく、分野の現在地です。ここが書けないなら、Step 1 が足りていません。
先行研究を表に落とします。列は、先行研究/その主張/隠れた前提/限界/自分の更新。
| Prior study | Their claim | Hidden assumption | Limitation | Our update | |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | Suzuki et al. 2022 | 熱トレーサー逆解析で有効き裂表面積を推定できる | 単純系での推定が複雑系に一般化する | 主に単純系で検証 | 分岐した多流路系で検証する |
読んだ数ではなく、「どの前提を自分が更新するか」が言えるかどうかが基準です。表が埋まると、位置づけの文が出てきます。
"Compared to X, we Y." — Suzuki et al. (2022) が単純系で検証したのに対し、我々は分岐した多流路系で検証する。
これは問いではありません。自分がどこに立っているかを1文で言った位置づけです。次の Core Question は、この位置から立てます。
ここで初めて問いを書きます。条件は4つ。
問いの型を選ぶ。 良い研究の問いは、必ず「型」に収まります。
| 問いの型 | 問いの形 |
|---|---|
| 推定型 / Estimation | Y から X をどこまで推定できるか? |
| 機構型 / Mechanism | 何が X を支配するか? |
| 妥当性型 / Validity | モデル・仮定はどの条件で妥当か? |
| 不確実型 / Uncertainty | 予測は不確実性にどれだけ敏感か? |
| スケール型 / Scale | ミクロはマクロにどう効くか? |
| 動態型 / Dynamics | X は時間とともにどう変わるか? |
| 設計型 / Design | X を達成するにはどう設計すべきか? |
自分の問いがどの型か選べないなら、その問いはまだ曖昧です。02章との対応も確認してください。問いの型を決めるのは、主張が何にコミットするかです。説明にコミットするなら機構型、予測にコミットするなら不確実型・動態型、制御にコミットするなら設計型。推定型・妥当性型・スケール型はどのコミットメントにも現れます。一方、入口の戦略(仮説先行かデータ先行か)は型を決めません。入口が決めるのは「その問いにどう答えるか」で、同じ推定型でも、モデルを置いて逆解析するか、データから写像を学習するかで、必要なデータと証拠の形が変わります。妥当性型と不確実型だけは、モデルの存在を前提とするので仮説先行が自然です。
型が要求する要素を決める。 型ごとに、問いを成立させるために決めておくべき要素があります(付録 03-A)。推定型なら、X(推定したいもの)は何か、Y(観測できるもの)は何か、識別性はあるか、不確実性をどう扱うか。これらを決めないと、問いは1文になりません。
1文にする。
✕"Can thermal tracer inversion estimate fracture surface area?" — Yes / No で終わる。条件がない
○"Under what conditions does thermal tracer inversion recover effective fracture surface area in branching multi-path systems?" — 何を(X)、何から(Y)、どの系で、どの条件で、が1文に入っている
言い切れないなら、型か要素のどちらかがまだ決まっていません。
1〜2行。この問いに答えると何が変わるかを書きます。分野にとってか、応用にとってか、社会にとってか。Field Belief と Comparison Table から自然に出てくるはずで、出てこないなら位置づけが弱い。
Previous belief(分野が暗黙に前提としている理解)と Updated belief(この研究が示す新しい理解)を並べます。Comparison Table の「Hidden assumption」と「Our update」を、分野の信念のレベルに引き上げた形です。ここが Framing-B の Key Contributions の種になります。
Step 2-3 で決めた「型が要求する要素」が、必要なデータを決めます。推定型で X と Y と識別性を決めれば、どの観測をどの条件で取るべきかが逆算される。設計としての研究では、順序がこうなります。
✕Data → 意味が生まれることを祈る ○Question → Required Data → Method
Framing-A は Paper Card の2段目です。5つの出力を埋め、Team Meeting で「Next Judge」を受けると、次章の Framing-B に進めます。→ Lab Tools「Paper Card」