講義当日は、皆さんが事前にこのページを読んで(見て)きたことを前提に進めます。所要時間は30〜40分です。
当日は、皆さんの回答をもとにショート講義+グループワークをします。
まず、簡単なクイズから始めます。Q1「青と黄色を混ぜると何色?」——緑です。原因(青と黄)がわかっていて、結果(緑)を求める。法則どおりに進めれば(ここでは青と黄色を混ぜれば)、答えに必ずたどり着きます。これを「順問題」と呼びます。
ではQ2「緑色って、何色からできている?」——今度は結果から原因を探る問いです。青と赤かな?青と黄色かな?答えの候補は一つに決まりません。これを「逆問題」と呼びます。逆問題には、答えが一つに決まる保証も、そもそも答えが存在する保証もありません。
高校までは、多くは順問題を解く解き方を習います。方程式を解く、力のつり合いを求める、化学反応式の係数を合わせる。一方、大学へ、社会へと進むほど、逆問題が増えてきます。何かを設計するというのは、「こういう結果がほしい」「こういう目的を果たしたい」から出発して、それを生む原因や手段を探すこと。つまり、設計は逆問題を解くプロセスです。
答えの保証がない問題に、人はどう向き合うのか。哲学者のパースは、探究とは「疑念という落ち着かない状態から抜け出し、信念という落ち着いた状態にたどり着こうとする思考のプロセス」だと説明しました。
流れはこうです。私たちが自分の外の世界と関わりを持つ限り、必ず何か新しい情報がやってくる(観測)。そこでの観測と自分の頭での予想の間にギャップがあって、もやもやする(疑念)。そのもやもやを言葉にする(問い)。こうではないかと仮に決めてみる(仮説)。確かめてみる(テスト)。結果を見て、仮説を直す。一周で終わらなければ、仮説を換えて何周でも回しながら、もっともらしい仮説を導く(信念)。ここで大事なのは、自分で仮説を置くこと、そして自分で確かめることです。誰かが答えをくれるのを待つ構えでは、逆問題は一歩も進みません。
もう一つ。ここで言う信念は「正解」ではなく、「今のところ自分はこう考える、こう動く、と決めた状態」です。新しい観測・証拠が増えれば更新されます。更新されることは失敗ではなく、探究が一周進んだ印です。
私の専門の地熱を例にすると、探究は二つの形で現れます。
一つ目は、火山や温泉という「結果」から、地下で何が起きているのかという「原因」をさかのぼる探究です。実験や数値計算で仮説を確かめながら、観測結果をうまく表す原因の仮説を導くことで、自然を理解する信念にたどり着く。問いの形は「What?(何が起きている?)」「Why?(なぜ?)」です。
二つ目は、「持続的にエネルギーを使いたい」という「目的」から出発して、それを実現する「手段」を探す探究です。これも実験や数値計算で複数の仮説を確かめながら、自分の目的に一番近い手段の仮説を探索することで、設計・計画という信念にたどり着く。問いの形は「How?(どうやって?)」です。
前者は理学部的な探究、後者は工学部的な探究と言えます。(ただし、前者もしなければ、後者もできないので、工学部は両方にかかっている感じです。)皆さんは、What?とHow?、どちらの問いにワクワクするでしょうか。進路を考えるときの一つの手がかりになります。そして大学の研究は、まさにこの探究をします。仮説を立てて検証することはもちろんのこと、そのための実験や計算の手法をつくること、より良い答えを探す方法を開発することを行います。ただし、この探究というのは、研究者だけがするのではなく、お仕事をする人、趣味をする人、みんなします。特に、大学での研究では、現時点での「信念」を論文という形で他の人の手に・後世に渡せる状態にして、今度は他の人の疑念、問いを生じさせていきます。
あなたがこれまで解いてきた問題のうち、「答えがあるとわかっている問題」と「答えがないかもしれない問題」は、どちらが多かったでしょうか。後者を一つ思い出せますか。
この章は、第1章の探究サイクルを、私自身がどう回しているかの一例です。皆さんがこの分野に進むかどうかは関係なく、「答えの保証がない問いにどう向き合っているか」の実例として読んでください。
地熱は、地下数kmにある熱水を取り出して発電や温泉に使う技術です。困るのは、地下が見えないことです。対象は広くて、狭い——調べたい地域は数kmスケールなのに、熱水が実際に流れる主要な通り道はミリからマイクロメートルの割れ目です。現象も複雑で、熱、流体の流れ、物質の移動、力学、化学反応、生物反応と、キリがありません。そして観測には制約があります。掘って確かめるには井戸1本で数億円、地表からの物理探査は解像度に限界があります。
見えない、複雑、データが足りない。この条件で全部を再現しようとすると、逆問題は解けなくなります。だから問いを換えます。「どこまで現実を再現できるか」ではなく、「何がわかれば設計するのに十分か」。地下の熱水にとって本当に重要なのは、割れ目の細かい形ではなく、割れ目同士がどのようにつながり、水が流れているかです。岩石の複雑な構造を、点と線のネットワーク(グラフ)に描き直すと、流れの本質だけが残ります。本質的な情報を見極めれば、少ないデータでも「地下のながれの理解」にたどり着けます。この理解が、設計のサイクルに境界条件として渡されます。数学、情報、物理、地学を総動員する探究です。
ところが、話はここで終わりませんでした。例えば科学的知見に基づいて電力事業者が「電力を持続的に生産できます!」と示しても、温泉事業者や地域住民から「いやだ!」と言われることがあります。科学的な正しさと、納得は別物だったのです。このズレは、どこから来るのか。
私は、人がそれぞれ違う「フレーム」を通して世界を見ているからだと考えています。フレームとは、カメラや絵画のフレームのようなもので、私たちは、何を大事だと思うか、何を心地よく感じるか、という価値観や感情の枠組みを持っています。しかし、対象について議論はするものの、一人一人のフレームについて議論することはほとんどありません。同じデータを見ても、フレームが違えば、正しさの感じ方が変わります。
地熱の探究で、本質的な情報を見極めたように、社会においても、意見だけではなく、フレームの構造を理解し、どんな順番で誰と誰が対話するとよいかをシミュレーションする。こうして「意志のながれの理解」にたどり着けば、それが設計のサイクルに目標として渡されます。こちらは、数学、情報、物理に加えて、哲学、認知科学、社会学を総動員する探究です。
地下の探究が設計の探究において、境界条件を渡し、社会の探究が目標を渡す。地下と社会、2つの探究がそろって、初めて設計ができます。
『正しい』とわかっているのに、納得できなかった経験はありますか。そのとき、あなたの中の何が『いやだ』と言っていたのでしょうか。
「将来、自分はどうなるのか」。この問いには答えの保証がありません。なりたい自分はぼんやり見えるのに、そこへ至る道(何を学び、どこへ行き、誰と会うか)はわからない。しかもこの数年、AIによって環境がさらに大きく変わり始めています。典型的な逆問題です。だから、第1章のサイクルがそのまま使えます。
そして、キャリアの設計も、二つの探究の上に立ちます。第2章の地熱の設計が、地下の探究(環境・制約の理解)と社会の探究(目標の理解)の二つを必要としたのと、同じ形です。
一つ目は、未来社会の探究。AIで社会はどうなっていくのか。これは、あなたの設計にとっての環境であり、制約条件です。地熱で言えば、地下の探究に当たります。未来社会の可能性を理解することが、設計の境界条件になります。
二つ目は、あなた自身の探究。あなたは何を求めるのか。これが、設計の目標を決めます。地熱で言えば、社会の探究に当たります。実は、これは社会の探究の縮小版です。地下が見えないのと同じで、自分も自分には直接見えません。見えるのは、自分の反応の記録です。これまで何に夢中になり、何を続け、何を嫌がったか。それが観測データになり、そこから「自分は何を大切にしているのか」という仮説を立てます。
どちらの探究も、当たっている必要はありません。仮説は宣言ではなく、確かめるための仮の答えだからです。
「自分が何者か完全にわかるまで、進路を決めない」。そう考えたくなりますが、探究の順序としては間違いです。推定は仮説のまま、設計に渡していい。むしろ、決めて動いてみた結果が新しい観測になり、そこから学びや気づきが生まれて、信念が更新されます。学部を選んで入ってみたら、思っていた自分と違った。それは失敗ではなく、自分についての仮説が一つ反証されて、次の仮説に進んだということです。
観測して、信念を更新して、行動する。行動すると、また新しい観測がやってくる。このループが回っているとき、人はワクワクします(私は、このワクワク自体の研究もしています)。自分の人生も、自分自身も、いつでも更新可能です。更新し続けることが大事です。わからないまま決めて、動いて、観測を増やす。それが探究の一番の近道です。
第3章には「問い❸」を置きません。この章の問いは、このすぐ下にある事前課題そのものだからです。あなたの探究を、ここから始めてください。
この課題では、5つの立場の人が、同じ3つの問いに答えます。5人の話を読んで、あなたが「6人目」として問いに答えてください。
5人の話は二つの役割を持ちます。
1つは、あなたの反応を引き出す刺激です。共感した箇所と違和感を感じた箇所を、読みながら意識してください。違和感は、あなたのフレームとのズレを感じ取った反応したサインです。
2つは、あなたの未来の推定についての仮説の素材です。5人はそれぞれの立場から「これからどうなるか」「何をすべきか」を言っています。それを、あなたの未来の仮説として支持するか、反証するか、関係ないか、であなたの仮説をブラッシュアップしてください。
ただし、他人の話はどれだけ説得力があっても「伝聞」です。伝聞を根拠に仮説を採用するか棄却するかは、あなたの作業です。そのために、読むときも書くときも次の三つを分けてください。
| 区分 | 意味 | 書き方の例 |
|---|---|---|
| 事実 | 自分で確かめられる・出典を示せること。自分の反応や経験の記録もここ | 「私は〜のとき夢中になった」「〜という統計がある(出典)」 |
| 伝聞 | 誰かがそう言っていた・資料にそう書いてあった。正しいかは未確認 | 「投資家の項に〜とあった(未検証)」 |
| 意見 | 自分の解釈・予測・価値判断。第一段・第二段の仮説はここに入る | 「私はたぶん〜な人間だ」「なら〜ではないか」 |
事実レポートや課題でAIを使う学生はほぼ全員になり、「持ち帰って書く課題」は評価として機能しなくなった。一方、実験室で手を動かす授業、設計して壊してみる授業では、AIがあってもやることは変わっていない。
意見5年後、講義で知識を伝える部分はAIに置き換わっているだろう。残るのは、実物に触る、失敗する、同級生と揉める、という時間だ。私はそれが大学の本体だと思って授業を組み直している。10年先については、正直、教える側も探究の途中だ。
事実この5年でAIは、文章の続きを予測する道具から、コードを書き、数学の問題を解き、数時間かかる作業を自分で進める道具へ変わった。多くの試験問題では専門家並みの成績を出し、評価する側が追いつかなくなっている。
意見次の5年で最も大きな変化は「AIが研究をする」ことだと考える。人間の研究者の役割は、問いを立てることと、何を確かめる価値があるか決めることに寄っていく。ただし、ロボットや実験装置のような物理的な部分は遅れる。これは予測であって保証ではない。
事実AIへの投資は史上最大規模で、データセンター、半導体、電力にお金が流れ込んでいる。一方で、AIを導入した企業の多くが、まだ投資に見合う利益を出せていないという調査も複数ある。
意見バブルと本物の両方だ。過剰投資はいずれ淘汰されるが、残った土台の上で本当の産業が育つ。5年後に勝つのはAIを作る会社ではなく、AIを特定の仕事に深く組み込んだ側と、電力や土地のような物理的な制約を握る側だ。個人のキャリアも同じで、「AIそのもの」より「AIと現実世界の接点」に張るのが定石だ。
事実日本の働く世代の人口は毎年数十万人ずつ減っていて、介護、物流、建設では人手不足がすでに起きている。政府はAI関連の法律を整え、半導体の国産化にも投資しているが、AI開発への投資規模は米中に大きく劣る。
意見日本にとってAIは脅威ではなく、人口が減る中で生活水準を保つための唯一の手段だ。5年の勝負所は、製造業の現場データやロボットという日本の強みをAIとつなげられるか。10年後、AIを社会で使いこなせていれば「課題先進国の解決モデル」を輸出できる。できなければ静かに沈む。
事実印刷、蒸気機関、電気、インターネットといった大きな技術は、どれも社会に行き渡るまで数十年かかり、その間に職業と権力の構造を組み替えた。技術の恩恵が均等に分配された例は、歴史上ほとんどない。
意見AIが過去と違うのは、速度と、力の集中だ。印刷機は誰でも持てたが、最先端のAIを作れるのは世界で数社しかない。私が心配しているのは「AIが人間を超えるか」ではなく、「少数の会社が考えるための道具を独占したとき、多様な考え方は生き残れるか」だ。10年後、争点はAIの性能ではなく、AIを誰が持っているか、になっている。
事実知識を得るだけなら、AIの方が安く、速く、一人ひとりに合わせて教えてくれる。大学の卒業生に長期的に何が役立ったかを尋ねると、「学んだ内容」より「出会った人」と「自分がどういう人間かわかったこと」を挙げる人が多い。
意見大学は、答えの保証がない問題に、時間をかけて取り組むことが許される、ほぼ唯一の場所だ。高校までの問題には答えがあるが、卒業研究には答えがない。そこで初めて、自分の頭がどう動くかを知る。それを経験するために来てほしいし、それを経験できない大学なら、行く意味は薄い。
事実AI研究の最前線は、この10年で大学から企業へ移った。計算資源も給料も企業の方が上だ。ただし、今のAIの土台になった基礎研究は、何十年も注目されなかった時期を含めて、大学から生まれた。
意見大学の価値は、企業がやらないことをやる自由にある。10年かかる問い、儲からない問い、都合の悪い問い。もう一つ、AIが研究の実務を代わりにやるほど、「良い問いを見分ける目」を育てる場所として大学の役割は重くなる。その目は、本や動画からではなく、人から人へしか受け継がれないというのが私の経験だ。
事実大学の学位が就職を保証するという前提は揺らぎ始めている。特にIT系では、学歴より実績で採用する動きが広がった。一方で、入るのが難しい大学への出願者は減っていない。学位の価値の中心は、知識ではなく「選ばれた証明」と人脈にあることが、経済学で繰り返し示されてきた。
意見投資として見ると、大学は「行くこと」が目的ならやめた方がいい。その4年間で作るもの、出会う人、解く問題を具体的に言えるなら買いだ。もう一つ冷徹に言えば、不確実な時代に最後まで効くのは学歴ではなく、換金できるスキルと、「あいつに任せたい」と思われる評判だ。大学はそれを作る容れ物にすぎない。
事実日本の大学は、18歳人口の減少、博士課程に進む人の減少、研究力の国際的な地位低下という三つの課題を同時に抱えている。国は大学ファンドなどの対策を打ってきたが、構造は変わっていない。
意見厳しい言い方をすれば、日本の大学の相当数は、AI以前に人口減少で持たない。それでも国として本当に恐れるのは、研究力の空洞化だ。AI時代の国力は「良い問いを立てられる人がどれだけいるか」で決まり、それを育てられるのは大学しかない。だから若い人には、大学を「就職のための切符」ではなく「問いを扱う訓練の場」として選んでほしい。
事実大学は約900年、印刷術、宗教改革、産業革命、インターネットを生き延びてきた。その間、役割は何度も変わった。歴史上、知の中心が大学だけだった時代の方がむしろ例外で、企業の研究所や国の研究所と分け合うのが普通だった。
意見だから私は、AIで大学が終わるとは思わない。ただし条件がある。大学が、国や企業の下請けに落ちず、批判と異論の場であり続けることだ。歴史上、それを失った大学は、建物だけ残して死んだ。進路を考える皆さんへの助言は一つ。その大学が、教員に「都合の悪いこと」を言わせているか、見てみるといい。
事実特定の道具や言語のスキルは、陳腐化するまでの時間が明らかに短くなっている。一方で、AIを使いこなす人と使わない人の差は、どの分野でも広がっている。
意見「将来なりたい職業」から逆算するのはやめた方がいい。その職業が10年後にある保証はない。代わりに、「解きたい問題」で考えてほしい。職業は消えても、問題は消えない。もう一つ、専門を一つ深く掘ってから広げること。順序が大事だ。広く浅くから始めた人は、どこにも足場ができない。
事実5年後の職業を予測して当たった例は、専門家でもほとんどない。一方、どの分野でも「その分野で一番AIをうまく使う人」が生産性で大きく差をつけていることは、複数の研究で示されている。
意見三つ言う。第一に、予測に賭けるな。どの時代でも減らない資産——問いを立てる力、学び直す速さ、信頼される人柄——に積み立てろ。第二に、AIを最も深く使う側に回れ。第三に、AIに囲まれるほど、自分の好奇心の輪郭がはっきりする。誰にも頼まれていないのに知りたいこと。それが最後に残る。
事実働く期間は50年を超える見込みで、技術の入れ替わりは短くなっている。一つの仕事で職業人生を完走できる確率は、構造的に下がっている。
意見キャリアを投資の組み合わせとして設計しろ。土台に安定した収入源、中間にAI×自分の専門という成長投資、上に当たれば人生が変わる挑戦。そして一番大事な資産は人だ。仕事はますます公募ではなく、信頼を通じて回ってくる。20代でやるべきは、資格でも貯金でもなく、「あいつに任せたい」と思われる実績を一つ作ることだ。
事実日本の新卒一括採用と終身雇用は崩れつつあるが、完全には崩れていない。若い世代の転職率は上がっていて、最初の会社に定年までいる人はすでに多数派ではない。
意見日本の若者は、古い制度の残骸と新しい時代の要求に挟まれた、難しい位置にいる。助言は三つ。日本型組織の作法は学びつつ、依存はするな。人手不足、AI実装の需要、アジアとのつながりという日本の追い風に立ち位置を合わせろ。英語とAIは、思想ではなく道具として淡々と装備しろ。この国の外にもう一つ選択肢を持つ人は、この国の中でも強い。
事実大きな技術転換期の記録を見ると、古い職業が消えるより、新旧が共存する期間の方が長い。そして転換期に富や地位を得たのは、技術を発明した人より、技術と古い社会の「あいだ」を翻訳した人たちだった。
意見翻訳者になれ。AIと現場の間、専門と専門の間、世代の間。転換期の価値はいつも境界に生まれる。もう一つ、歴史を学べ。変化の渦中では皆が「今回は特別だ」と言う。過去のパターンを知る者だけが、熱狂と恐怖の両方から距離を取れる。最後に、効率の論理に人生を全部明け渡すな。効率だけを追った文明の記録は、どれも読んでいて悲しい。
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どれも正解がある問いではありません。仮の答えで十分です。書いたものは講義当日の材料にします(匿名で紹介することがあります)。
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